【検察庁法改正案】「適正手続の保障」という観点からも問題では?

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こんばんは。

五黄土星のミカエルです。

ここ最近、標記の検察庁法改正案に係る国会審議が山場を迎えているようでございます。

この点、筆者自身、過日の投稿(緊急事態宣言発出時における休業補償のことですが・・・。 )で少し触れさせていただいたところでもございます。

筆者的には、司法権という権能、ないし、作用の一翼を担う立場の検察官につきましては、特別法たる検察庁法が制定され、運用されてきていたわけですから、安倍政権が閣議決定等といった卑怯極まりない(失礼!)技を用い、とある検事長の定年を延長なさったことにつきましては、やはり三権分立への毀損行為と見做されても、致し方ないと考えざるを得ません。

もし、今回の検察庁法改正案に問題がないというのであれば、まずは、とある検事長の定年延長に係る閣議決定が取り消されなければならないのではないでしょうか(今の安倍政権の姿勢等を拝見させていただく限り、この閣議決定を正当化するためだけに、今回の検察庁法改正案を進めているようにしか見えません。)。

また、筆者自身、標記のとおり、日本国憲法も、その第31条におきまして、いわゆる「適正手続の保障」を要求していることに鑑み、この「適正手続の保障」という観点からも、上述の閣議決定によるとある検事長の定年延長以降の安倍政権の対応には、甚だ重大で、決して看過できない瑕疵があるようにも考えております。

すなわち、その趣旨と致しましては、下記のようなものになります。

  1. 現在の国際社会においても、広範に受け入れられている「法の支配」という理念は、人が人たることにより当然に享有されるべき基本的人権の尊重を根源的、かつ、必然的な価値観、ないし、価値基準として要求している。
  2. この「法の支配」という理念を制度的に担保し得るものとして、中世の欧米における様々な革命を経て、近代国家においては、三権分立の制度が確立されており、これは、国家権力を形式的に立法・行政・司法に分けるだけでなく、実体的にも相互に均衡・牽制を図ることが求められている。
  3. その趣旨は、司法作用の一形態とも目される刑事手続に際して、「法の支配」という理念に立脚しているとも評される日本国憲法がその第31条に定める「適正手続の保障」のためにも及ぶものと解される。※筆者の完全に個人的な思い込みです。
  4. そのために、検察官は、行政に属するものの、刑事手続という司法作用の重要な一翼を担う公務員として位置づけられており、その地位、身分、職務及び権限等は、法律により、然るべく定められなければならず、日本においては、検察庁法として制定されている。
  5. したがって、司法作用の一形態とも目される刑事手続の重要な当事者である検察官の地位、身分、職務及び権限等を定める検察庁法を改正するについては、あくまでも法律案の改正に必要な手続を経てなされなければならない。※さらに申せば、司法作用を担う公務員に係る地位、身分、職務及び権限等が法律によって定められ、改正される場合は、法律案の改正に必要な手続を経てされなければならないことをも「適正手続の保障」という理念は要求している、という私見でもございます。
  6. 然るに、安倍政権は、とある検事長の定年延長について、法律案の改正に必要な手続を経ることなく、閣議決定により行なっており、「法の支配」という理念、三権分立の制度趣旨、及び、日本国憲法第31条が要求する「適正手続の保障」という観点に鑑みれば、憲法違反の疑いすら惹起し得る面がある。※ちょっと大袈裟かも・・・(笑)。

素人のため、的外れかもしれませんし、全く説得的ではないような論述になってしまっております(汗)が、「こいつは、一体何が言いたいんや(呆)。」よりは、まだ趣旨を御理解いただけるのではないでしょうか。

検察官は、刑事手続に不可避的、かつ、決定的に関与すべき立場の公務員であることから、一般の公務員と同列に扱われてはならないものと考えます(そのために、検察庁法は、特別法として制定されたはずでもございます。)。

刑事手続におきまして、当事者となっている人のことを考えますと、内閣の都合で検察官の地位、身分等に影響を及ぼされ、起訴になったり、あるいは、不起訴になったりしたのでは、とてもではございませんが、日本国憲法第31条が定める「適正手続の保障」を享受できたことにはならないのではないでしょうか。

あるいは、一般の人なら、捜査されたり、起訴されたりする(検察官を厳しいタイプに交代させる等)のに、政治家等、特定の人は、そもそも捜査すらされない(弱いタイプの検察官の定年を延長させる等)、といった事象を想定致しますと、同じく日本国憲法が第14条で定めております「法の下の平等」に反する恐れも生じるかもしれませんよね。

とある検事長の定年延長の件や今回の検察庁法改正案に賛成しておられる人は、日本国憲法がその立脚すべき理念としているものにつきまして、ごく表面的にしか捉えていらっしゃらないようでもございます(検察官=行政=内閣→閣議決定でもOK、くらいのレベルのようです。恐らく、事の本質や理念の深奥といったところに思いを致して考えていらっしゃらないのでしょうね。)。

ここ最近の報道やニュース等をインターネットで拝見させていただいておりまして、筆者自身は、上述のような観点が完全に抜け落ちているようにも懸念させていただいております。

筆者は、一自由民主党応援団でございますが、このような観点を有しておられる自由民主党の国会議員は、石破茂元幹事長、泉田裕彦衆議院議員くらいしか見当たらないようにお見受けさせていただいており、極めて残念な思いでもございます(涙;泉田裕彦衆議院議員におかれましては、是非自由民主党最後の良心というお立場で、これからも御尽力いただきたいですが、その他多数の自由民主党の国会議員は、石破茂元幹事長や泉田裕彦衆議院議員のようなレベルにはなく、そのような自由民主党が憲法改正を主張しているのですから、ほんま末恐ろしいですよね。筆者と致しましては、どうしても岸田文雄政調会長の動向に着目させていただきたいところでもございますが、まだ少し踏み込みが足りていらっしゃらないようですし・・・(汗)。)。

それだけに、検察庁法改正案の国会審議に臨まれる野党の皆様や野党を支持され、あるいは、支援なさっておられる人におかれましては、決して間違った主張ではないことを信じていただき、引き続き、取り組んでいただければ、とも思います。

因みに、上述の「適正手続の保障」という理念でございますが、筆者自身、これが形式的に、ではなく、実体的に保障され、運用されておりますことも、「先進国」たる要件の一つであるようにも理解させていただいております。

上述の投稿(緊急事態宣言発出時における休業補償のことですが・・・。 )でもお伝えさせていただきましたとおり、安倍政権の下、日本は、既に「先進国」ではなくなったように思われますが、欧米の「先進国」なら当然に保障されております「適正手続の保障」という観点からも、日本は、「先進国」ではなくなってしまうのかもしれません(とある検事長の定年延長に対する閣議決定により、既に「適正手続の保障」という価値観にはひびが入ってしまったかもしれませんし、今回の検察庁法改正案により、そのひびがさらに大きくなってしまうかもしれませんが、それは、決して好ましくない事態であるようにも考えます。一般の公務員の定年を延長するから、検察官も、とは必ずしもなりません(論理的必然性が感じられません。)し、「ほんなら、同じように司法作用を担当する裁判官は、どないやねん(怒)!」という論点も派生し得るように思われます。)。

上述の投稿と繰り返しになってしまいますが、経済、財政、医療、社会保障、社会福祉等といった面だけでなく、基本的人権の尊重や統治機構のあり方といった面におきましても、「先進国」ではなくなってしまったように見える日本に対して、今後も、同盟国となってくださっているアメリカ合衆国が従来と同じように接してくださるか、筆者は、非常に心配です。

欧米諸国が中世の革命を経て会得された様々な価値観でもあり、それを折角日本国憲法という形で継承させていただきながら、それらを喪失し、中国化、北朝鮮化しつつある日本に対し、アメリカ合衆国が全く姿勢や態度を変化させることなく接してくださる可能性は、意外に低いのでは、とも想定させていただいております(筆者自身の中では、今のアメリカ合衆国におきましても、「適正手続の保障」という価値観が大切にされている、という受け止め方でございまして、その価値観を共有できなくなっていくわけですから・・・(涙)。)。

この検察庁法改正案を巡る国会審議は、遠い将来から振り返りましたときに、日本にとりまして、決定的な転換点であったことになるのかもしれません。

当ブログを御覧くださる皆様におかれましても、政治に対するお考え、御意見、信念等はおありでございましょうが、一旦、さておいていただき、必ず御注目いただきたいと思っております。

では、また。

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